バージョン番号ねぇ
たださんとこ経由で
個人的にはバージョン管理システムのおかげでバージョン番号はむしろつけやすくなったと思うんだけど、違うのかな。
を読んでも思うんだけど、こだわりがなくなるぐらいにたくさん作って、それをバージョン管理ソフト任せにしてリビジョン番号なんかわけ分かんねーよバーカ、くらいの状態に慣れちゃえば、細かいことは置いといて、タグ打つときだけ真剣に考えるってことでいいんじゃないか、なんてことを思う。
あぁ、問題はその状態に慣れすぎてバージョン番号をないがしろにしているってことか?(ほんとか?)
命名規則の問題は大きいですな。商用のパッケージ製品の場合は「目玉」が出た段階でメジャー番号上げるってのが基本だろうし、オープンソースものだと「作り直したとき」に番号上げるってのもよく目にする気がする。1.0 を避けたくなるのはよく分かるんだけど、逆に手離れをよくしておくという意味では 1.0 にしてある程度ドキュメントも揃えて区切りつけておいた方がいいかもな、と思うこともある。
※ 1.0 を特に意味もなく突破した gonzui はすごいなぁと思うけど、ユーザーからすると分かりにくいのは間違いないよな。
番号付けはポリシーの問題なんだなぁと勉強になったのは PukiWiki かな。書式変更まで入ったのに 2.0 ではなく 1.4 になったし、それも pre6 のあと rc4 まで行き、途中でプラグインのラインナップにも手が加わったり、大幅な変更が相次いだのはさすがに驚いた。自分の中では sarge よりも PukiWiki 1.4 の方がリリースされないもののように見えていた。PukiWiki はもう長いことお世話になっているんだけど、いろんな意味で勉強になった。本当に。
安定板と開発版の呼び方については、個人的には FreeBSD スタイルが気に入っている。これも FreeBSD を普段使わない人には分かりにくいみたいだけど、こと最新については release(あるいは stable)か current か、しか違いはない。メジャー番号の違いは大きな機能の違いで、細かいものは飾りみたいなもんだ1。
逆に困るのは Debian で、potato とか woody とか sarge とか言われてもどれが新しいのかさっぱり分からない。いちいち順番覚えてろってか。なんて人間にやさしくないシステムだ。しかも番号があとから決まるとかいう訳の分からなさ。どーもこればっかりは好かん。
サポート期間の問題があるから安心第一の人は放置しないでちゃんと追いかけること。 ↩