ケータイきらいなだけちゃうかと
「教師のケータイ」 (朝日わくわくネット)
論理がない。ハナから携帯がきらいなだけである。ただ、最後の、本当に最後の部分にだけはうなずけた。
欠席した児童の様子をたずねるのにケータイから家に連絡した同僚が「相手の電話機がナンバーディスプレイだったらしくその後、何かあるたびに学校を通さず、直接ケータイに連絡があるのだけれど‥」とこぼした。便利だからと安易に私的なケータイを私用しがちな昨今、教師とケータイについて今一度考えてはどうだろうか。
問題はここだけだろう。
ケータイを持つことを否定するのはすでにナンセンスの域に入っていると思う。小学生が持つのとはワケが違うのだ。だからケータイの話は利用節度と備品管理と、これらを集約した学校経営体制の話に集約すべきだと思う。