学力低下、理科も深刻 中2が6位、小4は3位に (asahi.com)
経済協力開発機構(OECD)の調査でも学力低下が明らかになったばかり。文部科学省は「平均得点が下がったという事実を厳粛に受け止め、実効ある対策を取りたい」としている。
まー危機感を覚えるのはいいんですけど、もっと問題なのは
2教科の勉強が「楽しい」と答えた子どもは、前回に続き世界最低レベルだった。
じゃないのかなぁ?
むしろこんなに勉強を面白くないと思っているのにも関わらずまだ世界と対等の学力の高さを維持できているのは奇跡的と思えるんだけど。この状況で「下がる」のは当然であって、やはり受け止めるべきは「下がったこと」じゃなくて「日本の子どもは学校の勉強がとてもきらい」「海外では学校の勉強は日本ほどきらわれていない」ということじゃないのかなぁ。勉強を「面白くない」「きらい」と思わせたまま子どもを様々な「門」で振り落とそうとする、あるいは「振り落とされたらやばいと思わせる」からおかしなことになるんちゃいますか。そりゃーストレス感じますよ。そりゃーキレますよ。1
マスコミの方々にはこの辺の偉い人の意識を引き出してほしい。
もうキレるキレないって話は古いのかな? ↩
ほぼすべて同意なんだけど、
つまり、僕がニートという言葉に何かもやもやしたものを感じていた理由というのは、この言葉自体が「いい年した男性は結婚して働いているべきだ」という社会的偏見をたっぷりと含んでいるからじゃないのか。
の部分は、「それは自分の中のなんらかの被害者意識がそう思わせている」と思っている。つまり、NIEET という言葉が偏見を含んでいるのではなく、NIEET という言葉に対する自分自身の偏見が、周囲の偏見という形で読み手の中に表れているだけ。簡単に言えば「上の世代はガムシャラに頑張るだけでよかったけど今はそうじゃねーんだよ」とか「都合が悪くなったら絞れるところから絞り取ろうってのかコノヤロウ」みたいな感情が、NIEET という言葉に偏見が含まれていると錯覚させているんじゃないかなと思う。
この言葉の成立過程を勉強したわけじゃないから憶測だけど、この言葉自体は「労働者人口の中に占める非労働者」を手っ取り早く表現しているだけのように見える。たぶん経済を調査、研究している人の中で生まれたんじゃないだろうか。
ただ NIEET という言葉に対する負の偏見をこの人独自のものとは思わない。自分も同じことを感じている。むしろそういったドロドロした感情は自分の方が強いんじゃないかと思う。
なんてネタがあるので出てない情報を知ってる人はツッコんであげよう。